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2007年 7月 28日 (土)

ドストエフスキー「カラマーゾフ兄弟」と芥川龍之介「蜘蛛の糸」のこと


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ドストエフスキー「カラマーゾフ兄弟」はサブ・エピソードも愉しめます。
 おなじみの芥川龍之介「蜘蛛の糸」(大正7年)は「カラマーゾフ兄弟」の<1本のネギ>エピソードがベースです。

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これはただの讐え話だけど、とてもいい警え話だと思うの、あたしがまだ子供の時分、いまあたしのところでお台所のほうをやっていてくれる、うちのマトリョーナから聞
いた話なのよ。それはね、こういう話なの−『むかしむかしあるところに、それはそれは意地の悪いお婆さんがおりましたが、とうとうそのお婆さんは死んでしまいました。ところがそのお婆さんは生きているうちになに一ついいことをしませんでした。そこで悪魔はお婆さんをつかまえて、火の海に投げ込んでしまいました。お婆さんの守護の天使は、神様に申しあげるようななにかいい行ないが思い出せないものかと、じっと立って考えました。やっとそれを思い出したので、あのお婆さんは畑からお葱を抜いて女の乞食にやったことがありますと、神様に申し上げました。すると神様はお答えになりましたそれではお前がひとつそのお葱を取って来て、火の海のお婆さんにさしのべてやり、それにつかまらせて引っぱってやるがよい。うまく火の海の外へ引き出せたら、お婆さんは天国へ行かしてもよい。だがもしもお葱が途中で千切れたら、お婆さんはいつまでもいまのところから出られないのだぞ。そこで天使はお婆さんのところへ走って行って、お葱をさしのべてやり、さあ、おばあさん、これにつかまって引っぱるんだよと言いました。そして天使はそろそろと引っぱりはじめました。いよいよもう少しで引き上げられるというとき、火の海にいたほかの罪深い人たちが、お婆さんが引き上げられようとしているのを見つけて、自分たちも一緒に引き上げてもらおうと思って、みんなしてそのお葱につかまりはじめたのです。ところがお婆さんはそれはそれは意地の悪い女でしたから、《引いてもらっているのはわたしで、お前たちじゃないよ。これは私の葱で、お前たちのじゃないよ》と言って、みんなを足でけとばしはじめました。するとお婆さんがそんなことを言うが早いか、お葱はぷつりと切れてしまいました。そしてお婆さんはまた火の海に落ちて、いまでもそこで燃えているのです。天使は涙を流して、帰って行きましたとさ』これがその讐え話なのよ、アリョーシャ、いまでもちゃんとそらで覚えているわ。だってこのあたしは、その意地の悪いお婆さんなんですもの。
−−−−−−訳 小沼文彦−−−−−−−−−−−−
 「蜘蛛の糸」が収録された、芥川龍之介「三つの寶」改造社/昭和3年刊は今日、ほるぷ名著復刻・日本児童文学館にで、手軽に愉しめます。


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